神国日本 (ちくま新書)



神国日本 (ちくま新書)
神国日本 (ちくま新書)

ジャンル:歴史,日本史,西洋史,世界史
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日本の神々についてアカデミックな考察を試みた力作

 神国思想が論じられる場合、それを容認するか否定するかというスタンスが先
にたち、読む前から話が見えている著作が多く、しかもあまりにも底が浅く、
客観的情報が少ないことから、この手の書籍を手に取ることはありませんでした。
しかしかく云う私自身も日本=神国の主張が実際いかなる論理構造、歴史的背景
についての知識は皆無でした。

 本書は神国思想をあれこれ評価する以前に、神国思想そのものの内容分析に、
腰をすえて正面から取り組んだ意欲作です。本書の下敷きとなったのは著者に
よって1995年に発表された論文だそうです。切り口としては今読んでも斬新で、
多くの示唆に富んでいると感じたのですが、当時の専門の研究者からは完全な
無視と黙殺をもって迎えられたそうです。その話だけでも自国の思想・文化史に
ついて日本の研究が停滞していることが窺われます。これは研究者たちの果たす
べき役割を放棄した怠慢ともいえるのではないでしょうか。

 内容は、停電で真っ暗な部屋でいきなり蛍光灯がついて目の前が開ける感じです。
日本の神々と仏教、儒教の関係性が実に分かりやすく論じられている反面、
ハードカバーの学術書にしても遜色のない密度をもっています。もしあなたが
日本人と神の関係性について一歩引いて、冷静に考えてみたいと思うなら必読の書です。
イロメガネを外して見ることの大切さ

「神国」というと自国の絶対的優越を説く排外的ナショナリズムとすぐ結びつけてしまいますが、著者の案内によって中世の源流まで辿りますと、全く異なる世界が見えてきます。丹念に文献を読みこなし、実態に即して全体像とその変遷ををつまびらかにしてゆく語り口は誠実そのもの。
その成果といってよいかと思われますが、基層信仰としての神と普遍信仰としての仏を対置して日本宗教を見る図式の危うさにも気づかされます。
また文章もよくこなれており、稀に見る良書と思います。

今日、脱イデオロギーの時代といわれますが、なお左右の政治的イデオロギーが先に立ち、イロメガネを外すことができない人たちが、とくに読書好きのインテリにはまだまだ多いようです。それは生理的ともいえそうですが、まずは実態と真摯に向き合うことが大切でしょう。「日本」を知るために、政治的予見抜きに、是非読み込んでいただきたい一冊です。
イデオロギーとは別の問題

 「神国」というのは、古代史に端を発すると見るのか、蒙古来襲に端を発するのか、意見はあろうが、近代の一時期に盛んに使用されたイデオロギーとは別の素朴な、日本人の心情に基づいていることが分かる。
 確かに、神道という宗教を別にしても、日本人にか、山や川、木々やこずえに「神が宿る」という素朴な心情を持って生活して来た。今はなき祖父母の話などには、イデオロギーとか、国家とは別の自然に対する信仰心があったと思う。
 そうした素朴な心情が元になっていることを踏まえて「神国」としての日本を論じている。天皇制との関係に強く言及していないのも、そうした素朴な日本人の心情に配慮してのことと思う。
 題名だけ見ると、右翼の本と思われそうだが、そうではない。
 素直に溶け込める本である。
「神の国」の真実

中世日本思想の史料を再検討することで、「神国」概念をめぐる通念(と言っても、日本史大好きな著者が考えているほど一般的な言葉でも発想でもないと思いますが…)を根本的にくつがえし、新たな「神国」像を提示する本です。著者のわかりやすい説明と軽い語り口が絶好調で、すらすら読めます。
多くの場合、天皇を中心とした排他的国粋主義、「蒙古襲来」を契機として盛り上がったウルトラ・ナショナリズムとして理解されてきた「神国」思想。こいつは事実誤認の幻想だ、と論じられます。キーとなるのは中世日本を席捲した「本地垂迹」の思想、すなわち、日本の神様たちは国の外に超越的に存在している仏・菩薩様たちが、ありがたくも姿をかえて出現した下さったものである、という観念です。「神国」といっても、それは外部の「仏教(法)」を排除して成り立つ我が国主義のナルシシズムなのではなく、むしろあくまでもワールドワイドな畏怖すべき「仏法」を前提とした上での、自国文化の独自性の主張だったらしいのです。天皇にしてみても、古代とちがいお国と同一視されるような絶対的な存在だったのではなく、中世では、摂関家や大寺社の利害調整がスムースにいかなくなったり、あるいは対外的な危機が訪れたときに、「神国日本」のとりあえずのシンボルとしてかつぎ出されていたにすぎなかったようです。
お国自慢のナショナリズムは、国際協調のインターナショナリズムと矛盾しないんじゃないか、と著者は指摘したいのだろうと思います。例えば中世なら、「神」という「内」が「仏」という「外」と両立していたのだから…。近世・近代以降の「内」への閉じこもりを最終章で駆け足でふり返った著者は、おそらく現代ふつふつと湧き上がるナショナリズムも念頭におきながら、一介の思想史家としての立場をわきまえつつ、冷静な思考を展開しているような印象をうけたので好感触でした。
中世民衆の神的なもの

 題名だけからだと誤解されるように、「神国日本」は、政治的な言葉になっています。しかし著者は、左右のイデオロギーの幕をかき分けて、文献から古代から中世への神観念の変遷を実証的に考察しています。また精神史では、当時の一学者の意見を、その時代の人々の考えと見なす無謀なことをよくします。しかし著者は、残存資料から、その資料周辺の熟読を通して、当時の民衆の宗教意識に肉迫しようとしています。

宗教現象学のエリアーデ風な概念や枠取りが底に感じられます。従来政治史から見られていた「神国思想」を、宗教史の、またコスモロジーの枠内で再度見定めており、中世民衆の宗教意識が新たな光で明るみにされています。
古代では、記紀の神々の序列を重視されて、神国の中から仏教思想の要素を排除する世界観でした。それが中世では神々がその序列を超えて各々上昇独立し、それらと仏の国とが共存できる世界観になっていきました。
次に神国思想は、通説のように仏教の辺土末法思想の克服から生まれたものではありません。逆に神々は、仏の垂迹であり、神々の上に仏がおられる構造になりました。これは仏教の日本への土着化と考えるべきことです。
さらに蒙古襲来時の政府の対応から推論されている神国思想を民衆を国家に動員するイデロギーとして使ったという通説も、支配秩序全体が危機の時に、支配層の求心力に機能したと見る方が正しいようです。
また神国思想の究極の目的は、天皇の聖化と考える人もいますが、中世では天皇は国家の機関としてのみ役割があり、果たせない場合は、天皇個人は容易く攻撃の対象にもなったようです。
最後に神国思想には、選民思想はありますが、別にインターナショナルな世界への指向性もあったようです。

大変刺激的で説得されます。但し話題の天皇制や靖国問題と、同じ土俵に載るのか。それには、また別の力業が要るなと思いました。





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